古民家への道 その2 進行

古民家の写真 南から撮影

 改築を待つ古民家の朝、前日から振った雨で、瓦が光っているのがなんだか綺麗。

 古民家への道は、いよいよ改築が始まる第2章に。何章まで続くのかなと、とりあえず進めていく。

 これまでの章立てを時系列で整理しておきます。これまで、「古民家への道」「古民家以前の話」「古民家再生計画」と3つのカテゴリーわけて進めてきました。

 カテゴリーに分けられているせいで、読む方には、時系列を追えないのではと危惧する。言い換えれば、私としては、皆さんに

大変申し訳ない気持ちで書き進めてきた。しかしながら、、、、、

 書きたいところから書いて、後で編集するスタイルをとっておりますので、このような恰好になっているのであると弁明します。ただしこれも、数年後に見直せば、ある程度の時系列で読みやすくなるはずである、しばしの辛抱をお願いします。と、念じて、そのままにしておく。

 「古民家以前の話」は、時系列で本工事が始まる2017年頃から2019年3月まで。なぜ、古民家に住むようになったのか、施主として何をしたのかを記す。

 次に、「古民家再生計画」は、2018年6月以後から2019年、方針を示す。ただし、おそらく現在もその再生計画は、管理する計画、新たな発見とともに、計画は絶えず見直されていく。ある時点での「古民家はどのように、再生されるべきか。」を示す。

 そして、「古民家への道」が、今回の一大リノベーション工事(本工事)について主に記す。2019年4月からの話。どのように改築を行ったかを記す。

 本工事が完成した暁には、古民家に暮らす、古民家以後の話(古民家再生以後の話)として後日談と振り返り、古民家暮らしについて、記す予定。

南から撮影 2019年4月初旬

 建物周辺には、足場が組まれ、乗り入れの車両搬入のスペースが確保された後には、瓦を撤去する解体工事が始まりました。数千枚もあろうかという、多量の屋根瓦が、ものの一日で、搬出されました。瓦は、土葺きと言われる土の上にあり、自重で重なりあうのみ。釘で止められていなかったため、取り外しは容易であったことが推察されます。

 とはいえ、瓦は、保存しなくてよかったのか!?という気持ちに。いずれちゃんと理由を書き留めておこうと思いますが、古い瓦を残すことで、新しい瓦と不揃いになり、いずれは屋根やらその他を傷める原因になるのでは、と思い英断したのであります。いぶし瓦は、日本の家屋で、まだやや高価ながらも、現在でも一般に使われる瓦であること。そして、瓦の産地である高浜市、同じ愛知県で生産される屋根瓦は、当時においても、近隣から手に入りやすいものであったことなど、古い瓦へのこだわりを捨て、「ここはあと100年間保たれる」ことが優先と考えました。

南東から撮影

 瓦を撤去した翌日には、土葺きの土が屋根から下されました。土葺きの土の下からは、野地板が姿を現し、所々から垂木がのぞいています。野地板は、釘で端を留めた程度で、容易に外すことが出来ました。既に風で、野地板が飛んでしまっているところもありました。

南から撮影

 野地板は、剥がさず、しばらくはブルーシートを張って養生。風雨による雨漏りから、建物を保護しておきます。このブルーシートを剥がして再度の野地板を貼り直すのは、建物の柱や梁などの傾きや交換補修を行った1か月後です。屋根を軽くして、柱をジャッキで上げることが出来るように、屋根瓦撤去に先に手をつけました。 この先、さらに茅葺き屋根の葺き替えは、瓦を拭き直した後、8月頃です。

 直されていく家、いましばらくは、トタンの錆が気になります。

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